本から学ぶ!生き方・考え方に影響を与える言葉

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自分の生き方を考えるとき、誰かの生き方や考え方が参考になることがあります。

そして、本には著者の生き方・考え方が詰まっています。

「生き方を模索している」

「生き方・考え方を広げたい」

そんな思いにヒントをくれる本・言葉をご紹介します!

旅をする木(星野道夫)

brigachtalによるPixabayからの画像

アラスカで写真家として生きた星野道夫の、日々の出来事を綴ったエッセイ集です。

一つ一つの言葉がとても綺麗で素敵な人柄が伝わってきます。雑誌「&Premium(アンド プレミアム) 2021年 04 月号 [心が動く、言葉の力。] 」の中でも影響を受けた言葉として紹介されていました。

日常からの視点を少し変えさせてくれる言葉

アラスカの自然を旅していると、たとえ出合わなくても、いつもどこかにクマの存在を意識する。今の世の中でそれは何と贅沢なことなのだろう。

早春

そこにはシーンとした宇宙の気配があった

ルースの氷河

ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。

もうひとつの時間

あわただしい、人間の日々の営みと並行して、もうひとつの時間が流れていることを、いつも心のどこかで感じていたい

ワスレナグサ

大自然の中で生きた彼が繰り返し「日常とは異なるもうひとつの時間」について言葉にしています。

もうひとつの時間があることを意識することで、普段の何でもない日常も変わるのかなと思わせてくれる言葉です。

今を生きることについての言葉

深く老いて行くということは、どれだけ多くの人生の岐路にに立ち、さまざまな悲しみをいかに大切に持ち続けてきたかのような気がしてくる

たとえ明日世界が滅びようとも、私は今日リンゴの木を植える

生まれもった川

私たちが生きることができるのは、過去でも未来でもなく、ただ今しかないのだと

結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのないその時間である

ワスレナグサ

どう今を生きていくかの示唆を与えてくれる言葉です。

「たとえ明日世界が滅びようとも、私は今日リンゴの木を植える」

この言葉が雑誌でも紹介されていました。素敵な言葉だなと印象に残っています。


旅をする木 (文春文庫)

「出会い」の不思議 / 河合隼雄の幸福論(河合隼雄)

Vânia RaposoによるPixabayからの画像

日本のユング心理学の第一人者である臨床心理学者・河合隼雄の著書2冊からご紹介します。

中学生の時に初めて河合隼雄の本を読み、今までたくさんの考え方に共感しました。大好きな著者の一人です。

幸福について少し違った視点でとらえる言葉

癒しの根本は、そのことによる悲しみ、怒り、痛み、などを心のできるかぎり深いところの中心に添え、それはそれとして、日常のしなくてはならぬことを、がっちりと行うことである

「出会い」の不思議 

人間が幸福であると感じるための条件としてはいろいろあるだろうが、わたしは最近「将来に対して希望がもてる」「自分を超える存在とつながっている、あるいは支えられているという感じることができる」という二点が実に重要であると思うようになった。

幸福の絶頂にあるようなときでも、それに対して深い悲しみ、という支えがなかったら、それは浅薄なものになってしまう
(中略)
幸福ということが、どれほど素晴らしく、あるいは輝かしく見えるとしてもそれが深い悲しみによって支えられていない限り、浮ついたものでしかない

何でもいい、自分を賭けることのできる「ひとつ」を見つけ出し、それに食らいついていくのだ。それを既に見つけた人は、努力を続けていくといいし、まだの人は、何とか見出してやろうという心構えで毎日を過ごす。

河合隼雄の幸福論

「幸せ」をテーマにした本やネット情報はたくさんありますが、少し違う視点をくれる言葉です。


河合隼雄セレクション 「出会い」の不思議 (創元こころ文庫)


河合隼雄の幸福論

ヘヤー・インディアンとその世界(原ひろ子)

James WheelerによるPixabayからの画像

文化人類学者の原ひろ子が、20代後半の時にカナダに住むヘヤー・インディアンについてフィールドワークを行った時の報告書です。

こちらは河合隼雄が自身の著書の中で紹介していた本です。日本とは異なる文化・環境の中で育つヘヤーインディアンの生き方が丁寧に綴られています。

今の生き方の視点が大きく変わる言葉

どんな仕事や遊びをしているときにも、彼らはときどき手を休めて、お茶をすすったり、たばこを一服したり、ちょっとおしゃべりに興じたりする。
また、まわりに人がいるといないとに関わらず、意識的に手を休め、体を休めて一息入れる。
そして、この休むということは、一人ひとりの生活リズムのなかで、自分を調整してゆくためにひじょうに大切なことだと考えている。横になること、瞑想にふけること、眠ることも休みのなかに入っている。

休んでいるときに夢をみると彼らは言うが、その夢のなかで、個人個人は各自の守護霊と交信し、行動の指針を得ているという。
(中略)
一人の世界に沈潜し、人格の統合を行うことが存在のために必要だと考える彼らにとって休むことは、まさに、そのために必要であり、休むことは働き遊ぶことの要となっているとさえいえると思う。

ヘヤー・インディアンは何のために生きているのだろうか。美しい死に顔で死ぬために生きているのだ。

ヘヤー・インディアンとその世界

現実の世界よりも夢の中の世界・守護霊との交信に重きを置く生活が素敵だなと感じました。


ヘヤー・インディアンとその世界

さいごに

あなたの心に響く言葉がこの中にあれば嬉しいです!

いいなと思ったら、ぜひ実際に本も読んでみてください。

星野道夫と河合隼雄のここにあげていない本も素晴らしいです。心に響く言葉に出会えると思います!

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